システム開発は組織開発だ!
自社の課題だからこそ向き合える、内製化によるDX
信州ハム株式会社様(本社:長野県上田市)は、同社の基幹システムである生産管理システムをClaris FileMakerプラットフォームとiPadを活用して内製化しました。この取り組みを始めた当初は、経営会議で「基幹システムの内製化なんてできるのか」と懸念が示されたそうですが、実際には工場で生産するハム、ベーコン、ソーセージなどについて、生肉の段階から完成までのすべての工程をきめ細かく追跡管理するシステムが構築され、稼働しています。
内製化によるDXが成功したプロセスや内製化のメリットについて、同社、小口昇氏、織部航氏と、関連会社である株式会社信州ハム・サービスの土屋光弘氏にうかがいました(各氏の現在の所属と役職は顔写真とともに記載しています)。
■役割の異なる3人のプロジェクトチームで内製化に着手
生産管理システムの刷新は、それまで使っていたシステムの保守期限が間近に迫っていたことがその発端でした。システムを更新する見積が億単位の金額となり窮していたところ、土屋氏から「FileMakerを使えば内製化できそう」と提案があり、プロジェクトが動き始めました。
土屋氏と織部氏、ほかの社員、さらに取締役の小口氏もClaris社主催のハンズオンセミナーに参加してFileMakerがどのようなものかを知った上で、土屋氏と織部氏がU-NEXUSのFM-Campを受講してシステム構築を開始しました。
小口氏、土屋氏、織部氏のチームでプロジェクトを推進してきたことについて小口氏は「土屋さんはデザインの感覚があって、言ってみれば『右脳』です。一方、織部さんは生産現場をよく知っており、かつシステム開発が好きで『左脳』の役割を果たしています。私はこの2人が動きやすいように経営会議や社内での調整をしてきました」と説明します。
信州ハム株式会社 取締役生産本部長 小口 昇氏
■タイムリーな説明や現場に即した開発で徐々に浸透
内製化によるDXに着手した当初は、社内に抵抗感がなかったわけではありません。当初は『基幹システムの内製化なんて、できるわけがないよね』という反応でした」と振り返ります。そこで小口氏は、経営会議でプロジェクトチームが進捗のマイルストーンを定期的に発表する場を設けて、社内での存在感を高めイニシアチブをとっていきました。
生産現場についても、プロトタイプの導入当初は紙の日報とiPadの使用が併存するため、余計な仕事が増えると嫌がられがちでした。しかしその一方、現場のスタッフは業務でiPadを使用することに、ある種の「かっこよさ」を感じたといいます。しかも、システムについて現場からフィードバックすると早ければその日のうちにも改良されることから、「自分の提案が反映されている」と喜ばれ、受け入れられるようになっていきました。織部氏は「FileMakerならパッケージソフトよりも柔軟に開発できます」とした上で、心がけていることとして「求められたことを、求められた通りに作りました。また細かい点まで検討して調整しています」と利用者のすぐそばで、利用者に配慮している点を挙げます。
土屋氏はターニングポイントのひとつとして、工場のWi-Fi環境を整備したことを指摘します。iPadがネットワークにつながりにくい問題を解消するために、予算をとり、システム部との協力で環境を整えた結果、システムは使いやすくなり、利用が進みました。
■「スピーディーに、継続して、形にすること」がDXの内製化を成功させた
DXの発端はシステム更新の費用の問題でしたが、内製化にはそのほかの利点もあります。
まず大きいのは、織部氏が「開発にあたって要件定義をスキップできた」と語るように、現場を知っている人がシステムを作れることです。その結果、紙の日報を入力し、後から集計する時間や労力を減らすことができました。
また、すぐ形にできること、そしてそれを継続できることも内製化の利点です。小口氏は「最初に現場にiPadを約30台導入して、プロトタイプの運用を始めました。形を作らないとなかなか理解が得られません。現場が利用するようになってから、どういうものなのかについて理解が進み始めました。経営環境は刻々と変化します。経営者はよく『シミュレーションしてみないとわからない』などと言いますが、シミュレーションしている間にも状況は変わってしまいます。スピード感を持って形にすることが重要です。DXは一度立ち止まるとそのまま止まってしまいがちですが、FileMakerプラットフォームで内製化しているため、『小さく産んで大きく育てる』ことができています」と説明します。土屋氏も同様に「FileMakerならプロトタイプから始めて、徐々に大きくしていくことができます。しかも、かゆいところに手が届くシステム開発ができます」と述べています。
株式会社信州ハム・サービス シニアアドバイザー兼株式会社アルダス 代表取締役 土屋光弘氏
さらに、自社が必要とする形でデータを柔軟に活用できるのも内製化の利点であり、社内に受け入れられた要因でした。例えば、システムのデータをもとにして大型ディスプレイに現在の工程を一覧表示したことで、新生産管理システム導入の成果が見える化され、社内での認知が進んだといいます。また、日々の生産量や生産金額もリアルタイムで見ることができ、歩留まりやトレーサビリティといった生産現場できわめて重要な指標も詳細に把握できます。こうしたことから「すごいシステムだね」と社内で評価されるようになりました。データをまとめるための時間が以前よりも格段に短くなったことから、今では何かあれば「システムを見て現状や原因を探ろう」という言葉が発せられるほど、社内で活用されています。
■効果が出るには時間がかかる、そして時間をかけて大きく育てていく
新生産管理システムは、土屋氏と織部氏がFM-Campを受講してからわずか5か月ほどで現場テストを始めることができました。その後、段階的に本稼働し、現場テスト開始の約15か月後には本稼働が完了しています。
しかし、「システムができた」というところから「効果が出た」というところまではある程度の時間が必要であると小口氏は言います。例えば生産現場では、材料の加工をしたらすぐシステムに入力し、加工済みの材料とシステム上のデータを同時に次の工程に渡す必要があります。しかしシステムの導入当初は、加工したことを後からまとめて入力する傾向がありました。このため、リアルタイムで入力してもらうよう、生産本部長に協力を求めて改善していったといいます。またデータの有用性についても、データが蓄積され、見える化されて初めて「これはすごい」と認知され、活用されるようになりました。
そして新生産管理システムが本稼働してから数年経つもののまだ完成形ではなく、毎年の経営方針会議でシステムを今後どうするかが議題として取り上げられるほどだといいます。「これはどんどん大きくなっていくシステムで、枝葉ができつつあるところです。最終形はどうなるのか、楽しみです」(小口氏)。実際に、新生産管理システムとデータ分析ツールのTableauを連携させてデータを分析できるようにしたほか、「ほかの社内システムとも連携してビッグデータを活用したBIなどにも取り組みたい」と織部氏は構想を語ります。
信州ハム株式会社 生産管理部 原価管理課 課長 織部 航氏
■業務を知っている社員だからこそ最適なシステムを作れる
信州ハムのDXについて、内製化の観点から小口氏にあらためて聞きました。
「そもそもは経営上のニーズから始まったことで、『基幹システムの刷新を全部内製化できたら最高だけど、まさかできるとは……』というところが出発点でした。ところが実際には、社外から買ったシステムとは一味も二味も違うものができています。自社の課題だからこそ、簡単に作れて改善もできる。これが内製化の妙だと思います。ここで働いていて業務をよく知っている社員だからこそ、現在のようなシステムを作ることができました。他社様でも、開発が趣味というような社員がいるなら、その方を大切にしてください。そういう方が開発にあたるのが、最も座りが良いと思います」(小口氏)
DXチーム 信州ハム
【編集後記】
信州ハム様のDXは、基幹システムの内製化に成功した貴重な事例です。
内製化のメリットや成功に至るプロセスは上述の通りですが、役割と得意分野の異なる3人のチームがバランスよく機能したことも成功の鍵のひとつだったと感じます。
新しいシステムを導入したい、システムを内製化したいができるだろうか……そのように考える企業は多いかと思います。企業の規模や課題はさまざまですが、信州ハム様の事例にはシステムの内製化を考える企業が新たな一歩を踏み出せるよう、背中を押してくれるヒントが詰まっています。